こんにちは、のびおです՞
いきなりですが、皆さん傘を使ったあとお店や家で傘かける時ちゃんと綺麗に細くしてしまいますか?また、お店の場合1本ずつちゃんと仕切られている傘立てが多いですがそのマス目に沿って入れてますか?
というのもですね私は以前、東京に住んでいました。普段東京では外食をしないのですが、長野に引っ越すことになり東京で過ごす最後の日は外食しようと思ってとある餃子屋さんに足を運んだんですね。そこはいつも賑わっていますし料理も美味しいと評判で前に1度行った時は行列がすごすぎて、諦めてしまったお店です。ただ、その日は土砂降りだったからか、たまたま空いていてすんなり入れたので入ってみました。そこで私が気になったのは傘と心の関係性だったのです。なんか入店直後から違和感がすごくあったんですよね~
今回はそのお店にいて感じた違和感を綴っていきます。
お店と客層が合っていない
まず第1に入店した時に感じた印象としては、「本当は」スタッフのサービスレベル、ホスピタリティ精神は強いんだろうな。と感じました。
店内もすごく綺麗で席の配置にも拘りを感じましたし、何より料理は本当に美味しかったですね。しかもご飯に使っているお米がなんと私の地元会津のコシヒカリだったので運命じみたものさえ感じました。ただ、なんだろう。こんなに美味しくてこんなに雰囲気も良いお店なのに何故か違和感を感じたのです。
そして気づいたのが、お店のレベルとお客のレベルが合っていない事でした。
全席から厨房が見える造りになっておりスタッフの動線や表情まで見える上に料理は素材まで拘っていて本来、こういうお店に来る客は食について語ったり、人としての拘りについて語ったりとクリエイティブな会話が飛び交うのがイメージ出来ます。
ですが、実際は大衆居酒屋のような大声でくだらない話をしている人達が大多数でした。
勿論、その人達が悪い訳ではありません。何の話をしようとその人の自由ですから。
ただ、結果的にそういう人が集まりやすい場所になってしまっていたのは事実なので私なりにその理由を分析してみましたアハハヽ(´∇`)ノ
スタッフの自律神経が乱れている
私が入店した時の印象として「本当は」とつけたのは正にこの事で、自律神経が整っていればもっと目の奥から笑い、自然と周りを見渡し、細かなお客様のサインにも気づけるスタッフ達だろうなと思ったのです。接客のポテンシャル自体は物凄く高いものを持っているはずなのに、何故かどこかつまらなそうにしてる、投げやりな気持ちになっているような感じでした。そのスタッフたちが乱れている原因までは流石に食事をしに来ただけの私では分かりませんでしたが、もしかしたらお客様の質によってスタッフもそうなったのかもしれません。若しくは、スタッフがそうなってしまったから同じようなお客様が多くなってしまったのかもしれません。
傘立てからのサイン
お店がどんどん賑やかになり違和感をどんどん感じながらも美味しいご飯を頂き、お会計をし、帰ろうとした時、自分の傘を取ろうとしたらある事に気づきました。そこには傘が乱雑に交錯し合って入れられていたのです。お世辞でも綺麗とは言えない状態でした。それを見て全て合致したんですよね。「ああ、やっぱりここに来る人達の精神状態が良くないんだなぁ」と。その日は火曜日。客層としてはサラリーマンが多かったのですが、火曜日はまだ出社して2日目。それでこの有様。金曜日はどうだろうか?私はゾッとしてしまいました。このお店は新宿三丁目にあるお店です。きっと来る人たちはその近辺で仕事をしている人達です。そしてお店の雰囲気とのミスマッチ感。これは新宿で務めている人たちの心の疲弊を物語っています。単に客質が悪いと片付けられる訳もなく、大きな社会問題を突きつけられたような気がしました。東京で働いている人の殆どが自分の自律神経が乱れているとしたら、そしてその乱れを調整する術を知らないとしたら、今回感じた違和感が全て繋がるのです。人の心の状態はその人の収納と関係します。よく、財布を見たり部屋を見たりすれば心の状態が分かると言います。ただ、それはあくまで個人を見る場合に有効です。今回の傘立ては新宿エリアないし東京の大半を表しているのではないかと言わんばかりのサインだったのでみすみす見過ごす訳にはいきません
のびのび平和な世界へ
前提として、自律神経の変化は誰にでもある事です。それ自体は何も悪いことではなくむしろ自然です。ただ、今の社会はその変化さえ受け入れずに無理して自分を鼓舞する人、我慢する人、おさえつける人がとても多いと感じます。その結果自分を大切にできず、身に付けているものを大切に出来ず、当然周りの人を大切にできない状態に陥ってしまいます。だから私が言いたいのは、頑張りたいなら頑張ったっていいし、無理したいなら無理してもいい。だけど自分で自分をちゃんと認めてあげて(/. _.\)
人によっては周りの評価でしか自分を認められない人もいます。これは元々の素質なので仕方ない事なんです。そういう人は同じような人同士で認め合いましょう。他人と比べて自分の方が優れていると、自分を肯定するために他人を利用するのではなく、周りの人とは協力してお互いを認め合えるようになったら自分を受け入れることが可能になります。
ただ餃子を食べに行っただけだったのですが、大きな社会問題に気がつけたので私は今後も自分の自律神経ととことん向き合い、少しずつ周りの人達に還元できるようにのびのび生きていきます(#´ᗜ`#)ニコニコ
人生一度きり、楽しんでいきましょう